『大阪〜海南』
2007.6.30 
 石見ライドが終わってから、ロードバイクでトレーニングをするというモチベーションは下がっている。しかし、自転車に乗ること自体がおっくうになっているわけではない。こういう時には、『つぎはぎ日本一周』をしてちょっと目先を変えるといいリズムで自転車を楽しめる。そろそろ実行したいなあ、と思っているところへ、ちょうど何も予定が入っていない土曜日がぽっかりとあいていた。ただ、日曜日には息子のサッカーの大会があるので、必ず帰ってこなければならない。やるとしたら1日の『つぎはぎ日本一周』だ。
 日程は空いていても妻から許しをもらうのには、結構ハードルが高い。言い出すタイミングが悪いと最悪なムードになってしまうことも・・・・。さあ、いつ言おうか、とドキドキしてタイミングを見はからっていた。そんな先週のこと、妻が、「今度の日曜日広島へショッピングに行こうと思うんだけど、行ってもいい?」と言うではないか!なんとラッキーな。最近なかなか家族でショッピングというのは難しくなっていて、(子どもたちもそれぞれ予定が入っていて)妻が一人で行くことも何度かあったりする。自由にできて、この一人でのショッピングもまんざらでもないらしいのだ。私は即答「どうぞ、どうぞ、しっかりストレス解消してきて」と言う。妻も、「それじゃあ、そうするけえ」という返事。今だ!「来週、父さん「つぎはぎ日本一周」行ってもいい?土曜日だけ、日曜日はサッカーがあるじゃろー」と言う。「気をつけてね」と、妻との交渉成立。
 こうして、めでたく、土曜日に『つぎはぎ日本一周』に行けることとなった。
 さて、日にちは決まったものの、行き先をどこにするか、一日しかないという条件で・・・これがかなり難しい。宮崎方面・・・・これは、もう一日では限界か。肥前鹿島・・・ここらあたりがいいかも。丸亀からか・・・・これも可能か?東岡山か・・?などと考えているうちに、長距離バスを使う手もあるなあと思えてきた。以前、夏に大阪、奈良、京都と行った時にも利用したので、今回もありだろう、そう思いインターネットで津和野エクスプレスを検索した。すると、なんと丁度今、キャンペーン中ということで、往復14000円のところが、11800円になっているではないか、これは行くしかない!ということで、大阪を拠点として、いけるところに決定。和歌山方面に行ってみることにした。

 金曜日の夜、体操特別練習が終わり、家に帰って、食事をし、シャワーを浴びたら、早速出発の準備にとりかかる。10時30分に出発なので、ちょうどいい時間。妻が送ってくれ、新しくなった駅前で輪行袋に入ったビアンキを抱え、バスを待った。
 長距離バスには、床下に大きな収納用の空間がある。そこに輪行袋を入れるわけだが、乗客が多いと、そこもいっぱいになることがあるらしい。チケット予約のときに、輪行袋のことを言ったら、あまりいい顔はしなかったものの、まあ、大丈夫でしょう。という返事だった。実際、バスに乗るときにも、やはり、いい顔はしなかった、が、乗せてくれた。バス会社によっては、乗せないところもあるそうなので、感謝しながらバスに乗り込む。ビアンキの輪行袋は1メートル×1メートルぐらいあるので、やはり大きい。今後、長距離バスを使うときには、折りたたみ自転車のビアンキフレッタTを使ってコンパクトな袋の方が無難かもしれない。ただ、ロードバイクに比べ、スピードなどが、ぜんぜん違うので、距離を延ばすことは難しいのだけれど。
 さて、長距離バスは、結構ゆったりとしていて、リクライニングもしっかりできるので、私にとっては、それほど寝にくい空間ではない。エア枕を持ってきたので、それをふくらまし、早速使用する。これが、頭の位置が固定されて、なかなかいいのだ。普段の『つぎはぎ日本一周』では、狭い車の中で寝ているので、それから比べると快適だ。益田を出発して三隅、浜田と停車して、いざ、大阪へ。何度か、夜中に目が覚めたものの、疲れもなく、朝が来た。神戸、大阪と停まっていく。私は、最終の大阪。前来たときには、この終点は工事中だったのだが、今では完成して、とても立派なものになっている。ハービス大阪というらしい。そのバス停で降り、早速ロードバイクを組み立てた。さあ、いよいよ出発だ。 

  

 前回は大阪城に行ったのだが、今回は別ルートで大阪を回ることにした。最初の場所は、大阪ドーム。そして、ユニバーサルスタジオジャパンに寄ってみることにした。地図で確認しながら進むのだが、都会というのは、何本も何本も道があり、どの道を通っているのかよくわからないことがある。また、建物も高いので、その向こう側になにがあるのか、というのも分かりずらい。途中、国際会議場だったか、建物のフロアの部分が大きな空間になっていて木が何本も植えてあった。田舎にはない大胆さ、お〜。それから、大阪という町は川が多い。
 迷いそうになりながらも、なんとか大阪ドームに到着。やはり、大きい。だた、回りの雰囲気はちょっとごちゃごちゃしていた。

  

   

 次はユニバーサルスタジオジャパンに向かう。一番近い橋は自動車専用道のようで、仕方なくぐるっと大回り。その途中、丸いアーチが見えた。何だろう?と思って近寄ってみると、水門だった。このアーチがぐるっとする感じで降りてくるらしい。高潮などをふせぐのだそうだ。この他にも何本か、同じつくりの水門を見た。
 USJ行きの電車が通る。車体にスパイダーマンが描かれてあった。否が応でも、気分が高ぶる。そして、USJが見えてきた。ジェットコースターや、入り口の巨大な門。記念撮影などして、少し中をのぞいてみる。以前、家族で来て、しっかり堪能したので、今日は雰囲気を味わうだけだ。が、さすがUSJ、夢を売る仕事と言えるかもしれないが、BGMや、入り口のところから見えるジェットコースターの音などで、自然とわくわくどきどきしてくるように計算されてたつくりになっている。時間があったら入りたいなあと思えてくるから、さすがだ。しかし、今日は止め。先を急ぐことにした。

   

  

 大阪の幹線道路には、大きな橋が何本もあるのだが、道路の横に歩道があるのではなく、橋の下に歩道があり、階段になっている。自転車は車道は通行不可になっていて、この歩道を通るようになっていた。階段になっているので、当然階段の横には自転車を押して歩けるようにタイヤを乗せるちょっとしたスロープがあるのだ、こういうつくりが、何箇所もあり、最後はちょっとうんざりしてきた。車道の横にずっと歩道と自転車道が通っていれば、上ったり下りたりしなくてもいいのに・・・と思えてくる。数箇所だけなら、こんなことも思わなかったと思うのだが、車最優先のつくりなのだ。

  

 大阪を南下する。堺に来る。堺といえば、鉄砲、町工場、職人、大仙古墳、そして、シマノと連想される。自転車パーツのマイクロソフトと言われるように、世界中の70〜80%の自転車にそのパーツが使われていると言われる会社だ。そのシマノがあるからだろう、シマノがバックアップしているのだと思うがここ堺には自転車博物館がある。前回は休館日だったので、寄れなかったのだが、今回は開いていた。ただ、少し時間が早かったので10分ほど待って、入館した。中は、自転車がいっぱいだった。自転車が発明されたころからずっと歴史を追って展示してあった。相当、価値がある自転車なのだろうけで、あまりに古すぎて、正直ぴんとこなかった。写真撮影もOKということだったので、記録として、パシャパシャと撮らしていただいた。デジカメは本当、便利。何枚とってもメモリーさえあれば、現像のことなど心配しなくてもいい。だんだん新しい展示になり、ここら辺になると興味津々。世界一周をした自転車や、私のビアンキとほぼ同じころにつくられたビアンキも展示されていた。
 そして、少年時代、あこがれていたが、いつの間にやら全く見ることができなくなっていた、スポーツ車?。ウインカーがついたり、ライトが出てきたりした、やたらいろいろついたあの自転車が展示してあったのだ。5年生か6年生のときに、買ってもらって飛び上がってよろこんだことを思い出す。当時、少年の間で大人気だった自転車に懐かしく再開することができたのだ。それにしても、この形の自転車は今は、跡形もなく姿を消した。なつかしい思い出である。

   

   

 すぐ横に日本一大きな古墳で有名な大仙古墳がある。中には入ることができないが、回りを見ても、ものすごく大きいというのは分かる。堺市博物館にも入り、堺の町の歴史をボランティアの方に説明をしていただきながら展示物を見て回った。説明があるか、ないかでは、同じものを見ても随分違うと思う。その展示物にかかわる様々なエピソードを聞くと、その展示物がいっそうすばらしく思えてくるし、本当の価値も見えてくるそんな感じだった。「ボランティアのみなさん、ありがとうございました。」

  

 大阪の町のど真ん中にぽっかりと田んぼがあった。いつもは当たり前の田んぼも、こういうところで見るととても珍しく思え、写真を撮る。更に進むと、いつも通販でお世話になっている、「あさひ」という自転車店があった。予想では、高級ロードバイクなどがずらり、というイメージだったが、実際に中に入ると、いわゆるママチャリがたくさん、スポーツバイクがちらほらといった様子。店の人に聞くと、通販で扱っているものと、ここで扱うものは随分違っているということだった。その後、食事。日替わりランチでこれだけのボリュームで、700円ぐらいだったような・・・・。ちょっと前になったので、確かな金額は記憶の外にとんでいってしまった・・・。暑い季節は、これ、飲むアイスとでも言おうか、自転車に乗りながらでも食べることもできるし、体の熱い部分にあてることもできる、お気に入りのアイスである。町中を走るのは、精神的にはあまりいいものではない。景色も人工物の中を走り、横には車がひっきりなしで走ると言う状態だ。

   

 都会の雰囲気から徐々に漁村の雰囲気へ移っていく。町中を抜けると、やはりほっとする。車が少なくなるというのが一番の理由かもしれない。大阪に鳥取というところがあったのにはびっくりした。
 更に行くと、私の前を、中学生ぐらいの男の子が3人、自転車で進んでいた。よく見ると、モリや釣竿を持っていたさすが、海の子、と思い、「釣れた?」と聞くと、「これから行くところです。」という気持ちのいい返事が返ってきた。「がんばってね」と言いながら抜かして先へ進んだ。いよいよ私にとって初の和歌山県だ。海岸から沖に向かって橋のようなものが突き出ているところに来る。ここは、有料制?の釣り場のようなところだった。加太国民休暇村を通り過ぎる。海も近いし、テニスコートなどもたくさんあり、近かったら、利用してみたいようなところだった。
 海岸沿いを自転車で行くのは、本当に気持ちいい。同じような景色ではあるが、飽きない。自然の景色というのは癒しのオーラがいっぱい出ているのだと思う。人間は時々は、こうした空間に身をゆだねてリフレッシュすることが必要なのだと思う。同じ自転車で走り、同じような風を受けているのだけれども、景色が違うと気分的に前々違う。この岬をめぐる県道65号線は、自転車乗りが好んでいるのだろう。そんなに長い時間ではないが、ロードバイク3台、マウンテンバイク1台とすれ違う。どちらともなく、自然に手をあげ、あいさつを交わす。同じ自転車仲間ということで、親近感のなせるわざなのだと思う。
 加太という海岸では、6月30日の今日、すでに海水浴客がいた。

    

   

 そんな自然の景色の中を抜け、再び町中に入っていく。さっきは鳥取ということろがあったが、今度は松江というところがあった。山陰の地名が近くに二つもあるのは、何か理由でもあるのだろうか?
 紀ノ川にかかる特徴的な橋を通ると、いよいよ和歌山市の中心街である。
 ここでは、和歌山城によってみたいと思っていた。

  

 市役所のすぐ近くにその城はあった。お城や神社、お寺などは、住民がみんなで守っているような場所で、建物はもちろん、そこにある木々も相当立派なものが多く見ていて落ち着くのだ。また、お城の天守閣からは、その町を見渡せるし、その町のだいたいの雰囲気もここからだとよく分かる。ここ、和歌山城は、戦火により消失したそうであるが、昭和33年に再建され、今日の姿があるということだった。

    

 城から見る和歌山の町。天守閣の展望所をぐるっと一回りしたが、よく見渡せ、気持ちよかった。
 次は海南という町を目指す。和歌山城から10数キロ離れていたと思うが、そろそろ帰りの電車の時間も気になりはじめたので、スピードアップをしようと思っていたら、気になる標識が・・・。『黒江の街並み』きっと昔ながらの雰囲気が保存されている地区があるのだろうと思い、迷わず、標識の矢印に沿って、左折していた。ところが、なかなかそういう雰囲気の場所が見つからず、道行く人に尋ねてみたが、「そんなところは、よく分からんねえ。」という返事。実際、その場所に住んでいたら、そこの良さというのはなかなか認識するのは難しいのかもしれないが、黒江の街並みという看板を出すぐらいなのだから、もっと住民にもアピールしてもいいのでは?と思ったりした。
 ゆっくりロードバイクでそれらしき場所を探していると、あった、あった。ただ、街並みというより、そういう場所と言った方がいいのかな?というくらいの通りだった。そこにいた、おばちゃんに「黒江の街並み」のことを聞くと、ここら辺りだと言われた。最近では建て替えも多く、そうなると、ここ特有の鋸型のぎざぎざになった家ができず、建築基準法かなにかで、道幅を広げるとか、庭を広げたり、駐車スペースを確保したりで、どんどん昔の面影がなくなっているということだった。まあ、それでも、ところどころまだ昔の建物が残っていたので、その雰囲気を眺めた。
 住みやすさと、建物の保存という相反する事項をどう折り合いをつけていくか、というのは歴史のある街には、今後もずっと付きまとう課題だと思う。それから、こういう街並みを観光資源にする場合は、建築基準などの例外を適用するなどの方策を進めていかないと、どんどんこういう雰囲気の街は少なくなっていく。寂しい限りだ。以前『つぎはぎ日本一周』で行った広島県の「鞆の浦」だが、ここの街並みは本当にすばらしかったのだが、ここも開発によって、大変なことになろうとしているということを新聞で読んだ。どうも、あのいい雰囲気の港の部分に道路がどーんと通ることになるらしいのだ。一番いい雰囲気のメインストリートと言ってもいいところにだ。その記事を読んで、ショックを受けたことを思い出す。利便性と保存、この課題をどうクリアしていくか、本当に大変なことだと思う。イギリスや、イタリアに行ったときに、感じたことに、古い街並みをものすごく大切にしているということだ。例えば、そういうところは、外観は変えてはいけないという法律があったり、看板を出してはいけない法律があったりと、快適に暮らせるよう内装だけを改築していくというのだ。石造りの街並みだからできると言えばそれまでだが、日本でも、こういう視点で街並みを保存していくよう努力しないと、木造だからこそ、あっと言う間に失われていくことになると思う。そんなことを思いながら黒江の街をあとにした。

   

 黒江の町を行ったり来たりしているうちに、不覚にも方向の感覚がなくなってしまった。どちらの方向に行けば海南に行くのか不安になった。それでも、なんとかく野生の勘で、トンネルを通ることにした。すると、すぐに海南という標識が見えてきた。助かった。無事時間内に海南に到着することができた。
 今回の旅は、長距離バスを使うことで、疲労を軽減することができた。帰りも大阪で夜まで時間があったので、駅近辺をぶらぶらと歩くこともできた。今後も、車だけでなく、うまく交通機関を利用してできるだけ、効率的に移動し、そして、中身はゆったりと・・・となればいいなあと思った。

   

 本日のデータ
  走行距離 120.21km
  平均速度 18.4km
  最高速度 46.0km
 益田〜大阪 高速バス往復代 11800円(キャンペーン価格)
 自転車博物館入館料 300円
 堺市博物館入館料 200円
 和歌山城入城料 350円
 海南〜大阪鉄道代 1450円 

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